轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

げんだいゆいぶつろんこうわ

現代唯物論講話

戸坂 潤

「現代唯物論講話」白揚社、1936(昭和11)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 251,295 字 · 490 页

青空文庫

処で一定社会の人間の生活行動の形態が、大体から云ってそうマチマチなものではなく、仮にその間に大きな区別があった場合にも、結局幾群かの類別に仕分け出来るのであって、従ってそれに基き又それのためにする処の世界直観=世界観は、一定の又は一定類の形態を有って来ないではいられない。人間がその内で生活している客観的世界そのものが、一定の社会にとって略々唯一のものだということを考えて見れば、この点は更に尤もになるだろう。だから、世界観というものは、先に云ったように自然発生的な意識であり、更にそれが夫々一定した(一定の社会に対応するから)意識形態=イデオロギーだというのである。

世界観が一種の自然発生的なイデオロギーであるという規定は併し、比較的原始的な段階に於ける世界観に就いて最も適切に当て嵌まるのだが、世界に対する人間の認識が進歩するに従って、世界観というイデオロギーの形式は次第にその自然発生性を振り捨てて来る。世界観は次第に意識的・自覚的・となって、もはや単に直接的な対世界意識ではなくなってくる。感性的な直観の形で与えられた諸経験が、次第に蓄積されて行くのは別に茲に始まることではないのだが、ここまで来ると、この蓄積された諸経験が、整理され秩序づけられて理論や実験の段階にまで進んで来るのである。