轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

げんだいゆいぶつろんこうわ

現代唯物論講話

戸坂 潤

「現代唯物論講話」白揚社、1936(昭和11)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 251,295 字 · 490 页

青空文庫

そこには極めて複雑な「論理」――認識過程――があり、それがそれで又歴史的な展開を持っているのである。――処が、それにも拘らず、どのような複雑な論理もその材料・所与・の上に立って初めて根柢を得るわけで、そうした――まだ抽象的な――根柢をなすものは、本当に感性的な直観(感覚・知覚・等々)なのである。物質の認識可能性は何より先に、まずここに現われなければならぬ。

物質のこの最も直接な認識可能性を、カントが、物そのものが吾々の感性を触発する、という言葉で以て云い表わしたことは、有名な事実であると共に、極めて意味の深いことだと云わねばならぬ。物そのもの(物自体)とは、別に何も特別な哲学的用語などではなく、単に物を物として取り上げるための概念に過ぎないので、どのような常識でも又どのような哲学でも、之を想定していないものは殆んどないと云って好い。カント自身之を理論的に処理出来ないものだと云いながらも、初めから之を想定せざるを得なかったが、之は後の「哲学者」達が色々と捏ね回したように、カントの批判的見解の不徹底や何かを意味するよりも先に、却って彼の哲学の健全な真実さを示しているのだという点を注意しなければいけない。