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げんだいゆいぶつろんこうわ

現代唯物論講話

戸坂 潤

「現代唯物論講話」白揚社、1936(昭和11)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 251,295 字 · 490 页

青空文庫

プロレタリアート的意識とその政治的行動は、こういう客観的必然性の正しい反映に他ならない。客観的状勢をありのままに反映出来るものは、ブルジョアジーの意識・イデオロギーでもなければ、公平な第三者のもつという観念でもない。プロレタリアートの恐らく最も単純で明白な利害に目醒めることによって始まる処の、最も具体的で真実なプロレタリア・イデオロギーの他にはない。――このイデオロギーに導かれた政治的行動が、資本主義的社会を止揚して、もはや私有財産を以てその生産関係の出発点とはしない処の新しい社会組織の閭門に這入る、という風にマルクス主義的社会科学は考察する。人類の前史が終る処に、人間の真の歴史が、自由の王国が、必然的に到着する、と考えるわけである。

さて以上のようなものが、唯物史観の具体的内容の形式的な概観である。単なる概論的解説に止まるが、併し人々は唯物史観が、他の歴史観に較べて、具体的な政治的実践的問題に対して、如何に異った見解を示すかを、もう一遍思い起こさねばならない。従来の歴史観の多くは何故か、結局民族乃至国民の概念を以て最後の範疇とした処のものであった、之に反して、元来政治的な唯物史観は、民族乃至国民の代りに階級の概念を取り上げる。