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げんだいゆいぶつろんこうわ
現代唯物論講話
戸坂 潤
「現代唯物論講話」白揚社、1936(昭和11)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 251,295 字 · 490 页
第一に文化上の階級対立があるとは考えられない場合にも、或いは寧ろ階級的文化対立がさし当りの問題にならぬらしく見える場合に於ても、文化統制は事実上行なわれているからである。例えば旧帝院の官僚的な解散と新帝院の天下り式結成とは、必ずしもプロレタリア美術との対立などを直接意識して行なわれた現象ではないが、依然一つの文化統制現象だろう。宗教制度調査会に諮問すべく文部省が立案中の宗教法令の統一は、宗団の理財に関してまで国家権力を延ばそうとするものであって、明らかに文化統制現象であるにも拘らず、宗教を何か反宗教的文化に対立させるよりも、寧ろ宗教内部の統一と制御とをさし当りの目的にしているらしく見える。私学に対する監督の重加も亦之と同様な現象だろう。恰も之は、ブルジョア文学がブルジョア文壇とブルジョア道徳常識界とに於て、受けねばならなかった処の、例の自然的な文化統制と少しも変らぬもののようであって、単にそれが国家という一般社会の政治的法律的代表物によることによって初めて極めて自然に尤も行なわれる点が違うだけだ、という風にも見えるだろう。
だが、国家は何の必要があって物好きにも法的威厳を発動させてまでこの自然的な文化統制の上塗りをしなければならないのか。