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げんだいゆいぶつろんこうわ

現代唯物論講話

戸坂 潤

「現代唯物論講話」白揚社、1936(昭和11)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 251,295 字 · 490 页

青空文庫

それはそれでよいのだが、実は文化的自由主義という言葉は必ずしも世間の人達が慣用しているものではなくて、特に私が、今批難したような意味での哲学上の文化的自由主義の弱点を特色づけるために、選んだ言葉であった。

そこでつまり、例のインテリゲンチャの再論(インテリゲンチャ論はその前の時期でも一応論じつくされたから)に於て、インテリゲンチャが問題にされた仕方の弱点は、全くそれが文化的自由主義のコースの上で取り上げられたことというに由来する。インテリゲンチャは唯物論のテーマとしてではなくて、一種の自由主義(文化的自由主義)に固有なテーマであるかのように、提出されたのだ。例えば文芸作品や創作活動について、又インテリゲンチャの非社会層的超越性の主張にからんで。――例の行動主義・能動精神・のインテリ的偏極も亦、全く文化的自由主義の所産である。之を唯物論の積極的テーマとする代りに、その代行者でありその「批判者」(?)であるらしい文化的自由主義にうってつけのテーマだと信じた処に、この運動の狭隘さとピントの狂いとがあったわけだ。

こうやって、マルクス主義の「退潮期」を利して現われたものが、この種の文化的自由主義という、新しい哲学の輪郭の如きものだったのである。