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げんだいゆいぶつろんこうわ

現代唯物論講話

戸坂 潤

「現代唯物論講話」白揚社、1936(昭和11)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 251,295 字 · 490 页

青空文庫

だがこういう主張は――ネルゾンの場合にもヘルムホルツの場合にも――多くカントに対する批難として登場している。而もそれは多くカントに対する誤解から出発している。物理的空間と他の二つの空間との関係を具体的に決定するのに役立つのは再び、結局吾々が夫を承認出来ないにも拘らず極めて優れたカントの理論だろう。

カントに於ては純粋直観――その一つが空間直観であった――は経験的直観の極限と考えられる。と云うのは、経験的直観の内に於ける感覚内容が次第に減じて零になると、それが純粋直観になるのである。直観空間は即ち虚空間(leerer Raum)の意味を有たされている。処で空間内の形とか大きさとかいう規定は、経験に於てアポステリオリに常に与えられ得るものを、アプリオリに表象したものなのであるから、之を「現象の予料(Antizipation)」と呼ぶことも不可能ではない。だから直観空間は感覚を予料している。即ち直観空間の内に這入って来る感覚は、予め空間直観によって予定された限りの感覚でなければならない。かくてカントによって茲に登用される感覚は、直観空間の原理の支配下に完全に従属しているので、之に対して感覚独特の立場を主張することが出来ない。