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かがりびのおんな

篝火の女

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1935(昭和10)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,727 字 · 56 页

青空文庫

『安中三郎進のため、戦の軍功帳の誉れは見事奪られたわけか』

『そのかわりに、見ておれ、こんどの安中攻めの合戦では、熊楠が、いつもの戦以上に強いから――』

笑い興じていると、すぐ下の河原のふちで、馬蹄の音が、戞っ――と石に響いた。

『あっ、戻って来たらしい』

『熊楠か』

魚住十介を初め、ぴりっとして、口を緘んでしまう。

陣幕の外の士卒に、駒をあずけて、相木熊楠はずかずかと入って来た。鎧の鍛具や太刀の柄に、雨のしずくが燦々と溜っている。

『残念なことをした』

床几へ、ずしりと、腰をおろして、

『喉がかわいた。十介、水をくれ』

と、よほど無念らしい。

魚住十介は、水柄杓へ一掬い汲んで渡しながら、

『八雲は、捕まりましたか』

『ばかを申せ』と、怖しく不機嫌で――『八雲がこの舟橋をこえたのは、すでによほど前ではないか。余りに時刻が経ち過ぎている為、いかに駒をとばしてみても見当らぬ。それに国府津の郷から先は、岡本勝政の陣所となる。いったい、この密告は、何者から出たのか』

『筏方の丑蔵と申す者ですが』

『不届きな奴、八雲を落しておいて、時経てから、忠義がましく訴え出るなど、食えぬ下郎ではある。