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かがりびのおんな
篝火の女
吉川 英治
「キング」大日本雄辯會講談社、1935(昭和10)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,727 字 · 56 页
ここへ連れて来いっ』
『はっ』
恩賞を夢みながら、陣所の陰に、腕拱みして佇立んでいた丑蔵は、十介のすがたを見ると、
(呼びにきたな)
にやりと、白い歯を見せた。
いきなりその襟がみを引っ掴んで、十介が、
『丑藤、ちょっと来いっ』
ずるずると、引摺ると、
『あっ、だ、旦那。何するんで?』
腰を蹴放されて、泳ぐように陣幕のうちへ跟け込んだ丑蔵は、相木熊楠の厳しい眉を仰ぐと、あわてて逃げかけた。
熊楠は、その背へ向って、
『仔細を存じおりながら、訴えを怠りおった不埓者、軍律に照らすっ』
丑蔵は何か喚いて跳びあがった。とたんに、熊楠の陣刀が戞っと鳴った、鞘から噴いた白い光の下に、丑蔵の大きな体は紅殻樽をあけたようにころがった。胴を離れた首は、雨にたたかれて、見ている間に臙脂色のあぶらを泥濘みにひろげ、蝋よりも青いものになった。
『十介、三軍の見せしめだ、首を、河原へ曝しておけ』
もとの板囲のうちへ入って、干飯俵や軍梱のあいだに熊楠は又眠ってしまった。魚住十介たちは、ゾッとした気持に襲われながら、
(気をつけろ、機嫌がわるいぞ)
と、囁き合った。
矢来の竹を一本抜いて来て、十介は、その先を刃物で尖らせ、無造作に丑蔵の首を突き刺して黙々と河原へ下りてゆく。