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ささめゆき

細雪

谷崎 潤一郎

02 中巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 194,628 字 · 371 页

青空文庫

板倉はあれから後もよく訪ねて来た。水から此方写真を撮りに来る客がなく、商売の方が当分暇になったので、災害地の実況を撮影して歩き、水害記念アルバムを作るのだと云って、天気さえ好ければ毎日半ズボンを穿いてライカを提げながらそこらじゅうを視て廻っているらしく、日焦けした顔に汗をにじませて不意に駈け込んで来るや否や、先ず勝手口へ廻って行って、

「お春どん、水や水や」

と呼ぶので、お春がコップに氷を割って水を注いで渡してやる。と、そいつを一と息に飲み乾してから、真っ白に埃を浴びた上衣やズボンを丹念に叩いて、そのまま台所から上って、幸子たちのいる六畳の間へ通って話し込んで行く。その話が又、今日は布引方面へ行って来たとか、六甲山方面とか、越木岩方面とか、有馬温泉方面、箕面方面、とか云う風な各地の水害視察談で、時には写真を現像して持って来たりして、彼独特の奇警な観察や感想などを交えながら説明するのであった。どうかすると、

「御寮人様、海水浴へ行きなされしませんか」

と、怒鳴りながら部屋へ這入って来て、

「さ、起きなはれ起きなはれ、そんなにごろごろしてはったら毒でっせ」

などと云うこともあった。