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じゆうじん
自由人
豊島 与志雄
「芸術」1948(昭和23)年7月、9月、11月、1949(昭和24)年1月(未完)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,030 字 · 139 页
「私は断言する。菅原君に限って、そのようなけちな不正はやらない。やるなら、もっと大きなことをやるだろう。あなたのところで、天元社で、ばかげた嫌疑を菅原君にかけるようなら、私も、この私も、もう此処には足を踏み入れない。」
彼は上衣を着た。その袖を佐竹は捉えた。
「分りましたよ。先生の仰言ることはよく分りました。僕も先生と同じ考えです。ただ、このことはくれぐれも秘密に願います。まあも少し、あがっていって下さい。」
北村は力がぬけたように椅子に掛けた。そしてまた酒を飲んだ。もうだいぶ酔っていた。
「今の話、全く秘密に願いますよ。」
「大丈夫、誰にも言わん。」
佐竹は階段のところまで送ってきた。北村は挨拶もせずに、真直におりてゆき、真直に街路を歩いていった。突き当りが堀割になる。満潮近い水面からの斜陽の反射が、河岸の柳並木の葉裏に戯れている。
北村は柳の木影にはいって、帽子をぬぎ、顔の汗をぬぐい、握り拳で額をとんとんと叩いた。
奇妙な連想が、ふいに頭に浮んだのだ。
天元社というのは、碁盤の中央の星の天元から取ってきた名前だ。社長の佐竹が碁が好きで、日曜には専門棋士や同好の知人を招いて、碁会を催したりしている。