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ちのもじ

血の文字

黒岩 涙香

「綾にしき」1892(明治25)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,021 字 · 87 页

青空文庫

所あるにぞ、余は何時とも無く不審を起し目科とは抑も何者にやと疑いたり、素より室と室、隣同士の事とて或は燐寸を貸し或は小刀を借るぐらいの交際は有り、又時としては朝一緒に宿を出で次の四辻にて分るゝまで語らいながら歩むなどの事も有りたれど其身分其職業などは探り知ろう様も無く唯だ此の目科に美しき細君ありて充分目科を愛し且つ恭う様子だけは知れり、去れど目科は妻ある身に不似合なる不規則千万の身持にて或時は朝猶暗き内に家を出るかと思えば或時は夜通し帰り来らず又人の皆寝鎮りたる後に至り細君を叩き起すことも有り其上時々は一週間ほど帰り来らぬことも珍しからず、斯も不規則なる所夫に仕え細君が能く苦情を鳴さぬと思えば余は益々訝しさに堪えず、終に帳番に打向いて打附に問いたる所、目科の名前が余の口より離れ切るや切らぬうち帳番は怫然と色を作し、毎も宿り客の内幕を遠慮も無く話し散すに引代て、余計な事をお問なさるなと厳しく余を遣込めたれば余が不審は是よりして却て、益々募り、果は作法をも打忘れて熱心に目科の行いを見張るに至れり。

見張り初めてより幾程も無く余は目科の振舞に最と怪しく且恐ろしげなる