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ちのもじ
血の文字
黒岩 涙香
「綾にしき」1892(明治25)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,021 字 · 87 页
前置(著者の)
第一回(怪しき客)
前置(著者の)
「あア/\斯うも警察のお手が能く行届き、何うしても逃れぬ事が出来ぬと知たら、決して悪事は働かぬ所だッたのに」とは或罪人が己れの悪事露見して判事の前に引据られし時の懺悔の言葉なりとかや、余は此言葉を聞き此記録を書綴る心を起しぬ、此記録を読むものは何人も悪事を働きては間職に合わぬことを覚り、算盤珠に掛けても正直に暮すほど利益な事は無きを知らん、殊に今日は鉄道も有り電信も有る世界にて警察の力を潜り果せるとは到底出来ざる所にして、晩かれ早かれ露見して罰せらるゝは一つなり。
斯く云わば此記録の何たるやは自ら明かならん、個は罪人を探り之を追い之と闘い之に勝ち之に敗られなどしたる探偵の実話の一なり。
第一回(怪しき客)
余が医学を修めて最早卒業せんとせし頃(時に余が年二十三)余は巴里府プリンス街に下宿し居たるが余が借れる間の隣の室に中肉中背にて髭髯を小綺麗に剃附て容貌にも別に癖の無き一人の下宿人あり、宿の者等此人を目科「様」とて特に「様」附にして呼び、帳番も廊下にて摺違うたびに此人には帽子を脱ぎて挨拶するなど大に持做ぶりの違う