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ちのもじ

血の文字

黒岩 涙香

「綾にしき」1892(明治25)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,021 字 · 87 页

青空文庫

爾れど彼れ翌日は静かに余が室に入来り再び礼を繰返したる末、意外にも余に晩餐の饗応せんと言出たり、晩餐の饗応などとは彼れが柄に無き事と思い余は少し不気味ながらも唯彼れが本性を見現さんと思う一心にて其招きに応じ、気永く構えて耳と目の及ぶだけ気を附けたれど露ほども余の疑いを晴す如き事柄は聞出しもせねば見出しもせずに晩餐を終りたり。

爾は云え是よりして余と目科の間柄は一入近くなり、目科も何やら余に交りを求めんとする如く幾度と無く余を招きて細君と共々に間食を為し殊に又夜に入りては欠さず余を「レローイ」珈琲館まで追来り共に勝負事を試みたり、斯くて七月の一夕、五時より六時の間なりしが例の如く珈琲館にて戯れ居たるに、衣類も穢くるしく怪しげなる男一人、遽しく入来り何やらん目科の耳に細語くと見る間に目科は顔色を変て身構し「好し/\直に行く、早く帰ッて皆に爾云え」と、命ずる間も急わしげなり、男は此返事を得るや又一散に走去りしが、後に目科は余に向い「誠に残念ですが、勤めには代られぬ譬です、此勝負は明日に譲り今日は是で失敬します」とて早や立去らん様子なり、勝負の中止も快からねど夫よりも不審に得堪えず、彼れが秘密を見現すは今なり、と余は思切ッて同行せざるの遺憾を述るに「爾さ、なに構う