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あめのやまぶき
雨の山吹
山本 周五郎
「講談倶楽部」大日本雄辯會講談社、1952(昭和27)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,433 字 · 33 页
むしろ幸運な月日といってもいいだろう、あの不安な悲しい日の記憶も、しだいに薄れていって、今はもう思いだすことも稀になった。あしかけ五年、……汝生の出来事があってから、まる四年めの三月はじめに、それまでの仕合せな年月を転覆させるような、まったく意外な知らせがやってきた。
南風の吹くなま暖かい宵のことだったが、葛西からすぐ来るように、という急の使いがあった。ちょうど夕食を済ましたところなので、又三郎はそのままでかけていった。兵庫は居間にいて、彼が坐るのを待兼ねたように、
「汝生が生きているそうだ」
と云った。まるでこちらの罪でも責めるような、尖った鋭い調子であった。又三郎はびっくりして、暫く兄の顔をみつめた。
「それは、どういうことですか」
「駿河の府中に汝生が生きている。しかも動木喜兵衛といっしょにいるらしいんだ」
「まさか、……あの汝生が」
「動木というのは私の想像だが、汝生のことは間違いはない、なぜなら梅園女史が見て来たんだから」
「小舘さんがですって、どうしてまた」
その年は藩主前田侯の賀の祝いに当っていた。梅園女史はその祝儀に献上する目的で、東海吟行一巻を作るために、遠江から駿河、相模のくにと旅をした。