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あめのやまぶき

雨の山吹

山本 周五郎

「講談倶楽部」大日本雄辯會講談社、1952(昭和27)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,433 字 · 33 页

青空文庫

――哀れな汝生。

その夜寐てから、又三郎はそう呟いては幾たびも涙を拭いた。喜兵衛に対する怒りは、ますます強くなるばかりだった。それは殆んど憎悪にまで昂まった。

「ひどいやつだ」

彼は夜具の中で拳を握りながら云った。

「なんというひどいやつだ」

朝になっても雨はやまなかった。

まさか逃げはしまいが、彼は念のため、朝食まえに宿をでかけた。ゆうべ汝生が花も活けず、泣いた顔で帰ったので、宿の者は不審に思ったのだろう、傘を借りるとき、女中はなにやら敵意のある眼でこちらを見た。

住居は浅間神社の西で、井宮という処だと云った。駿府城の外曲輪をまわり、武家屋敷の裏をぬけてゆくと、まもなく向うに賤機山の緑がけぶるように見えてきた。……金沢に比べると町そのものも小さいし、家並も低く狭かった。そして、十丁ばかりも歩くと、その家並もまばらになり、左にひろく、荒地や畑や、安倍川の流れなどが眺められた。

又三郎はふと立停った。

道の右側に一軒だけ離れた家があり、垣に添って山吹の花が咲いていた。その鮮やかな色に眼をひかれたのである。彼はわれ知らずそっちへ近よった。山吹は竹の四つ目垣の中にあるのだが、枝は垣の外まで伸びていた。