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あめのやまぶき

雨の山吹

山本 周五郎

「講談倶楽部」大日本雄辯會講談社、1952(昭和27)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,433 字 · 33 页

青空文庫

こんな自問自答を繰り返しながら、又三郎は寺井の宿へと戻った。そこまで来たことは慥かだし、手取川を越したようには思えなかったのである。もう日が昏れかかっていた。馬屋のある能登屋という宿で草鞋をぬいだ。

――明日は海辺のほうを捜してみよう。

夕食を済ませて、茶を啜りながらそう思うと、疲れて感情が脆くなっていたためもあろう、涙があふれてきて、止めることができなかった。

午後から吹きだした西北の風が、まだかなり強く、海ではしきりに波の音がしていた。又三郎は窓の障子をあけ、雨戸をあけた。冷たい風が松籟の音といっしょに、激しく吹き込んで来た。そちらは宿の裏手で、砂丘と松林が展望を遮っている、そうでなくとも海までは二十町あまりもあるのだが、波の音は高く、松風を凌いですぐま近のように聞えて来た。

「どこにいるんだ、汝生」彼は海のほうに向って呟いた、「――まだ生きているのか、それとももう死んでしまったのか」

吹き千切られた松の葉が、ぱらぱらと飛んで来た。空はきれいに晴れて、いちめんの星が生きもののようにまたたいていた。彼はながいこと窓に倚って、波の音に聞きいりながら、涙の乾くままに任せた。