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せいねん

青年

森 鴎外

「昴」1910(明治43)年3月~1911(明治44)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,670 字 · 246 页

青空文庫

この袖浦館という下宿は、支那学生なんぞを目当にして建てたものらしい。この部屋は近頃まで印度学生が二人住まって、籐の長椅子の上にごろごろしていたのである。その時廉い羅氈の敷いてあった床に、今は畳が敷いてあるが、南の窓の下には記念の長椅子が置いてある。

テエブルの足を切ったような大机が、東側の二つの窓の間の処に、少し壁から離して無造作に据えてある。何故窓の前に置かないのだと、友達がこの部屋の主人に問うたら、窓掛を引けば日が這入らない、引かなければ目ぶしいと云った。窓掛の白木綿で、主人が濡手を拭いたのを、女中が見て亭主に告口をしたことがある。亭主が苦情を言いに来た処が、もう洗濯をしても好い頃だと、あべこべに叱って恐れ入らせたそうだ。この部屋の主人は大石狷太郎である。

大石は今顔を洗って帰って来て、更紗の座布団の上に胡坐をかいて、小さい薬鑵の湯気を立てている火鉢を引き寄せて、敷島を吹かしている。そこへ女中が膳を持って来る。その膳の汁椀の側に、名刺が一枚載せてある。大石はちょいと手に取って名前を読んで、黙って女中の顔を見た。女中はこう云った。

「御飯を上がるのだと申しましたら、それでは待っていると仰しゃって、下にいらっしゃいます」