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せいねん

青年

森 鴎外

「昴」1910(明治43)年3月~1911(明治44)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,670 字 · 246 页

青空文庫

這入ろうと思って片足高い処に踏み掛けたが、丁度出入口の処に絆纏を着た若い男が腕組をして立っていて、屹然として動かない。純一は又足を引っ込めて、そのまま外にいたが、車掌も強いて這入れとは云わなかった。

そのうち車が急に曲がった。純一は始て気が附いて見れば、浅草へ行く車であった。宴会の席で受けた色々の感動が頭の中で chaos を形づくっているので、何処へ行く車か見て乗るという注意が、覚えず忘れられたのである。

帰りの切符を出して、上野広小路への乗換を貰った。そして車掌に教えられて、廐橋の通りで乗り換えた。

こん度の本所から来た車は、少し透いていたので、純一は吊革に掴まることが出来た。人道を歩いている人の腰から下を見ている純一が頭の中には、おちゃらが頸筋を長く延べて据わった姿や、腰から下の長襦袢を見せて立った形がちらちら浮んだり消えたりして、とうとう便所の前での出来事が思い出されたとき、想像がそこに踏み止まって動かない。この時の言語と動作とは、一々精しく心の中に繰り返されて、その間は人道をどんな人が通るということも分からなくなる。

どういう動機であんな事をしたのだろうという問題は、この時早くも頭を擡げた。