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せいねん

青年

森 鴎外

「昴」1910(明治43)年3月~1911(明治44)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,670 字 · 246 页

青空文庫

今己がこの事を思い出したのは、寂しさの感じから思い出したのであるが、つくづく考えて見れば、あの時の感じも寂しさばかりではなかったらしい。お勝は嫉妬の萌芽を己の心に植え附けたのではあるまいか。

純一はこんな事を考えながら歩いていて、あぶなく柏屋の門口を通り過ぎようとした。幸に内から声を掛けられたので、気が附いて戸口を這入って、腰を掛けたり立ったりした二三人の男が、帳場の番頭と話をしている、物騒がしい店を通り抜けて、自分の部屋の障子を明けた。女中がひとり背後から駈け抜けて、電燈の鍵を捩った。

*     *     *

夕食をしまって、純一は昼間見なかった分の新聞を取り上げて、引っ繰り返して見た。ふと「色糸」と題した六号活字の欄に、女の写真が出ているのを見ると、その首の下に横に「栄屋おちゃら」と書いてあった。印刷インクがぼってりとにじんでいて、半分隠れた顔ではあるが、確かに名刺をくれた柳橋の芸者である。

記事はこうである。「栄屋の抱えおちゃら(十六)は半玉の時から男狂いの噂が高かったが、役者は宇佐衛門が贔屓で性懲のない人形喰である。但し慾気のないのが取柄とは、外からの側面観で、同家のお辰姉えさんの強意見は、動ともすれば折檻賽いの手荒い仕打になるのである。