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せいねん
青年
「昴」1910(明治43)年3月~1911(明治44)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,670 字 · 246 页
しかし少しも逡巡することなしに、承諾の返事をさせたのは、色糸のおちゃらが坂井夫人の為めに緩頬の労を取ったのだと云っても好い。
純一は直ぐに福住へ行った。
女中に案内せられて、万翠楼の三階の下を通り抜けて、奥の平家立ての座敷に近づくと、電燈が明るく障子に差して、内からは笑声が聞えている。Basse の嘶くような笑声である。岡村だなと思うと同時に、このまま引き返してしまいたいような反感が本能的に起って来る。
箱根に於ける坂井夫人。これは純一の空想に度々画き出されたものであった。鬱蒼たる千年の老木の間に、温泉宿の離れ座敷がある。根岸の家の居間ですら、騒がしい都会の趣はないのであるが、ここは又全く人間に遠ざかった境で、その静寂の中に Ondine のような美人を見出すだろうと思った。それに純一は今先ず Faune の笑声を聞かなくてはならないのである。
廊下に出迎えた女を見れば、根岸で見たしづ枝である。
「お待ちなさっていらっしゃいますから、どうぞこちらへ」ここで客の受取り渡しがある。前哨線が張ってあるようなものだと、純一は思った。そして何物が掩護せられてあるのか。