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せいねん
青年
「昴」1910(明治43)年3月~1911(明治44)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,670 字 · 246 页
置いている。その側には食い掛けた腸詰や乾酪を載せた皿が、不精にも勝手へ下げずに、国から来た Figaro の反古を被せて置いてある。虎斑の猫が一匹積み上げた書物の上に飛び上がって、そこで香箱を作って、腸詰のを嗅いでいる。
その向うに、茶褐色の長い髪を、白い広い額から、背後へ掻き上げて、例のタラアルまがいの黒い服を着て、お祖父さん椅子に、誰やらに貰ったという、北海道の狐の皮を掛けて、ベルタンさんが据わっている。夏も冬も同じ事である。冬は部屋の隅の鉄砲煖炉に松真木が燻っているだけである。
或日稽古の時間より三十分ばかり早く行ったので、ベルタンさんといろいろな話をした。その時教師がお前は何になる積りかと問うたので、正直に Romancier になると云った。ベルタンさんは二三度問い返して、妙な顔をして黙ってしまった。この人は小説家というものに就いては、これまで少しも考えて見た事がないので、何と云って好いか分からなかったらしい。殆どわたくしは火星へ移住しますとでも云ったのと同じ位に呆れたらしい。
純一は読み掛けた雑誌も読まずにこんな回想に耽っていたが、ふと今朝婆あさんの起して置いてくれた火鉢の火が、真白い灰を被って小さくなってしまったのに気が附いて、慌てて炭をついで、頬を膨らせて頻りに吹き始めた。