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しほんたいへいき

私本太平記(一)

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《私本太平記(一)(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 246,214 字 · 495 頁

青空文庫

「……お召しとや。すぐ罷ります」

三位ノ局、阿野廉子は、仰せと聞くと、いま夕化粧もすましたばかりなのに、もいちど櫛笥ノ間へ入って、鏡をとりあげ、入念に黛や臙脂をあらためてから立った。

そして、庭と大屋根、水と欄とを、およそ幾棟か知れぬほど巧みに組みあわせた後宮建築の廊を、いかにも王妃の艶とは、この女性にきらめいている物かとばかり、御溝水のせせらぎと共に歩んで行くのだった。

まことに、彼女のほこらしさにすれば、后町ノ廊を通うたびにも、常に独りで、こう思惟していたことでもあろうか。

「……七殿の後宮のうちでも、召さるるはいつも、この身ばかり。わけて、関東へのお憤りに、公卿集議の日ごとのお疲れにも、わらわだけは、御心をお慰めするに足るものか。藤壺ノ御方も、桐壺ノ君とても、あれからは、お召しもないに」

彼女が中殿へ伺った頃は、みかどはすでに、御餉ノ間の御座について、陪膳のお相手を待ち久しげにしておられた。

しめやかに、そこでしばしお二人だけの晩餐になる。

それが終ると、席はまた清涼の昼の御座へ移された。――なおまだ、夜の御殿へお入りないのは、一たん休息に退がった公卿たちが、ふたたび御前にまかるはずだったからである。