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しほんたいへいき

私本太平記(一)

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《私本太平記(一)(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 246,214 字 · 495 頁

青空文庫

「おお、杯をつかわそう。……藤夜叉、これへ来い」

と、さし招いた。

深いわけは分らぬまでも、君側の近くにいた淡河兵庫、斎藤宮内、佐介五郎そのほかも、事むずかしいもつれとはさっきから見ていたので、

「すわ、何か?」

と、一瞬の酔いを皆さました。

「……いただきまする」

案外、藤夜叉は素直に、高氏のまえへ寄っていた。火と火のように、二人の眸がカチと会って燃え合った。高氏はちょっと、登子へも気がねする風ではあったが、

「藤夜叉、酌いでつかわす。ただし、これきりの縁と思うて飲めよ」

「殿。……」

藤夜叉は、なみなみとつがれた大杯を両手に。眼にも、いっぱいな涙をためた。

「なぜ、このお杯が、これきりの御縁になるのですか」

「胸に問え」

「問うてみることはありません」

「面倒だ。いうことは何もない」

「私には、海ほども山ほどもありまする」

「聞きたくもない。はやく飲め」

「はい。……もひとつお注ぎ給わりませ」

彼女の顔を、大杯が隠した。

注がれると、またすぐ飲みほした。

そして、三度めの杯の酒を、いきなり道誉の顔へ向って浴びせかけたのだった。とっさ、その杯を胸の下に抱いて、わっと彼女は泣き伏し、満座はあッと驚きの声をあげた。