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しほんたいへいき

私本太平記(三)

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《私本太平記(三)(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 222,108 字 · 446 頁

青空文庫

花の命は短かった。ご悲嘆のあまり後宇多は落飾(出家)されたほどである。またまったく、これいらいは老いこまれた。

なお、遊義門院には、生前、恒性親王という御子があった。しかし持明院派の御母ではあり、ほかに事情もあってか、この御子は、政治的な顧慮から、後宇多の実子の列には入れられなかった。――で、後年、後醍醐の皇子という態にして、系譜の上をつくろったものである。

ここで、あらためて、いうまでもないが。

後宇多は、後醍醐の実父である。だから後醍醐とすれば、ほんとは、母ちがいの弟なのだが、事情のため、認知されない父の子恒性を、自身の養子にいれ、わが皇子なみに、傅育をさせて来たものだった。

とまれ、皇統の人の例にもれず、この恒性も、肉親的にはめぐまれぬ皇子であった。

おん母遊義門院にわかれたのは、十一だから、後醍醐の養子となっても、実父は、後宇多院と、知っていたろう。

そして青年期をまえに、大覚寺へ入り、やがて門跡の座についた。――もしそのままであったら、それもまた、よいといえないこともない。

だが、時勢のあらしは、沙門のうちの、そんな一帝系も、見のがしてはおかなかった。