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しほんたいへいき

私本太平記(三)

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《私本太平記(三)(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 222,108 字 · 446 頁

青空文庫

「なんのことか?」

武者どもはいうだけだった。

千葉ノ介や小山秀朝も一見には来たが、分ったような顔つきではない。いや道誉までが、

「何者の悪戯やら」

と、そらとぼけている。しかし、侍者の行房と忠顕のみは、それを胸のうちで、

天莫空勾践

時非無范蠡

と、明らかに読んでいたのは、もちろんだろう。

こんな異朝の故事や、いちいちな辞解などは、いま宋学流行のなかにある宮廷人か、またはよほどな篤学者でもあるならいざ知らず、一般の鎌倉武者や土豪などでは、何の意味やら分らぬ方が当然といってよい。

詩句のいわれと、その解釈をすれば、こうなのである。

――支那の遠いむかし。――周と呼んだ時代の末頃。

呉と越と、二つの雄藩が、かなたの国では、両々覇を争ッて、併呑をうかがい合い、倶ニ天ヲ戴カズ、とまで争っていた。呉人越人、同邦ながらたがいに憎しみあっていた。

が、越王勾践は、会稽の一戦にやぶれて、呉王の虜になり、呉城の土牢に入れられて、幾年かすぎていた。

ここに范蠡という越の忠臣があった。主君の囚われをかなしみ、苦心さんたん、身を塩魚売りにやつして、ついに呉城の禁獄へ忍びこみ、魚の腹に一片の密書をかくして獄へ投げて逃げた。