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しほんたいへいき

私本太平記(五)

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《私本太平記(五)(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 252,330 字 · 505 頁

青空文庫

逃がしはせぬ!

と注意ぶかく、石段の上と下とから、何度でも執拗にせまり寄ってくるのだった。

――人を呼んでも声がとどく場所ではない。

逃げるにしくはないと思ったが、この急な坂道では、それもたぶんな危険をふくむ。今はと、尊氏の全五体は否みようない死を知る忿怒の皮膚に変っていた。そして彼の手にもいつか太刀は抜かれていたが自信もなかった。自分を狙ッて待ち伏せていたほどな相手である。腕に充分な覚えのない輩とは考えられない。

「あ。……?」

相手の影の一つが振向いた。

そのとき、それが頭巾をした大法師であることが、尊氏にやっとわかった。もひとりは山袴をはいた軽装の武士なのである。法師につづいて、その武士も、何かあわてぎみに、

「来た」

と、言ったようだった。

とたんに、おうっと吠え合って、薙ぎこんで来た二人の迅い太刀に次ぐ太刀の光は、一瞬尊氏の知覚のほかのものでしかない。彼もまた無我の応酬に火花をちらした。だがその足は石段を踏みはずして勢いよく五、六段ほど鞠になってこけ転んだ。

ところへ、夜気のしじまに変を感じて駈けつけて来たのだろうか。上のほうから飛んできた六、七名の者がある。