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なるとひちょう

鳴門秘帖(一)

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《鳴門秘帖(一)(なるとひちょう)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 262,100 字 · 523 頁

青空文庫

「では頼むぞ――」といい残して、境内を斜かいに抜けて寺門へ出て行った――。万吉は、最初の不安がまだ拭われないらしく、その足音の消えてゆく闇を、戸の隙間から見送っていた。

「暗い晩だな……。ああ、行ってしまった」祈るようにつぶやいた。

如月近くを思わせる、冷やかな東風が吹きだして、小さい風の渦が、一月寺の闇に幾つもさまよっているようだ。桜吹雪のような濃艶さはないが、もみ散らされる梅の点々が、白く、チラチラと、人の姿を追っている。

弦之丞の細い影が、梅の香に吹かれて寺門を出た。二、三十歩の石畳の上を、カタ、カタと塗下駄の音が静かに運んでゆく――、そしてやがて、正面の石段を降りかけたが、フイと、足もとからさす明りに足をとめてみると、草履を持ってしゃがみこんだ一人の男、そばに、仮名書きで「こばいあん」とした朱文字の提灯をおいて、ゆるんだ鼻緒をすげなおしている。

ポッ、ポッと、提灯の明りが、男の周りに、大きく明滅の輪を描いていた。

弦之丞がその前をスッと通りぬけると、

「まず、これでよし」

と、緒を直した草履をはき、小提灯を手に持って、その男も、ピタピタと弦之丞について歩きだした。