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おおおかえちぜん
大岡越前
吉川 英治
線上閱讀吉川 英治《大岡越前(おおおかえちぜん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 頁
「やいっ、市十郎。よくもおれの女を奪ったな。さ、表へ出ろ。男なら勝負をしろ」
市十郎は胆を冷やした、察するところ、三平はお島の情夫だったにちがいない。しかも、お島が、女掏摸とは気づかなかった。どうしよう? ――と、彼は、逃げ口を見まわした。
だが、三平の猛吼は、たッた一吠えだけだった。おそらくお島が抱きもどしたものであろう。ふすまの音や、わめき声が、なお、わずかな間、聞えては来たが、そのうちに、シーンと家の中が、妙にひそまり返ってしまった。階上も階下も、人なきもののようになった。
「帰ったのか? ……」
と、市十郎は心を安めかけたが、門の格子の音もしない。いや、よくよく耳を澄ましていると、階下にはなお、時々、男女の極めて低い声がする。雪にささめく笹の葉ずれにも似たささめきである。
市十郎はそこにある酒を独りで酌いで独りで飲み初めた。一本つぎ、二本つぎ、なお飲みつづけた。長い長い時間を独りそうしている気がした。
――ようやく、三平は帰って行った。二階でそれを物音で察した市十郎は、ほッと、得態のしれない吐息をついた。そして、やがてお島が梯子だんを上ってくるのを知ると、ごろんと、仰向けに寝ころんでいた。