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おおおかえちぜん

大岡越前

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《大岡越前(おおおかえちぜん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 頁

青空文庫

「わっ」

仰天して、由は、庄七を抱いたまま、尻をついた。番屋の油障子は二尺ほど開いていた。そして、土間の内から、さっきの蔭間茶屋の色子――姉崎吉弥が、きっと、由の顔のまえに、血刀をつきつけながら出て来た。

由は、声を立て得なかった。吉弥は、柳の根方へ寄り、あざやかに、黒衣の女の縛めを切り解いて、

「さっ、おっ母さん、今のうち……」

と、扶け起して、走りかけた。傷を負って、虫の息だった庄七は、由の体も一緒にズルズル引きずって、

「ち、畜生っ」

と、吉弥のすそへ、しがみついた。

吉弥の刀は、片手なぐりに、うしろを払った。それは、庄七の身を反れて、由の肩さきをサッと薙いだ。由は、笛のような声をつまらせ、ぐわッと地へ俯ツ伏した。

倉橋剣助をはじめ、町々を洗い歩いた捕手たちが、網をしぼるように、やがてここに戻って来たのは、それから半刻も後だった。

春はあけぼの。――その頃やっと、江戸橋、日本橋の欄干に、ほんのり、暁けの紅が染まりかけていた。

そして、霞のほかは、まだ大通りに一軒の大戸も開け放たれていなかったが、ぽかっと、魔の通った口のように、ゆうべの木戸の小門だけが、誰の手に依ってか、開いていた。