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おおおかえちぜん

大岡越前

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《大岡越前(おおおかえちぜん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 頁

青空文庫

「よしっ、この辺で」

とたんに、仲間たちは、並木の暗がりへ、駕籠ぐるみ、かの女のからだを抛り捨てて、あとも見ずに駈けて返った。

その夜じゅう……。また、次の日も。

大岡家は、家じゅうが、重くるしい苦悩の沼に沈んでいた。十日余りも同じ日がつづいた。

ゆうべからの時雨雲に、きょうは、ひねもす寒々と、雨音に暮れていたが、家の中は、もの音一つしなかった。折々ふと、奥から洩れてくる声は、忠右衛門の憤ろしい唸きに似た声か、さもなくば、かれの妻か、お縫かの、すすり泣く声だけだった。

「おい。……おい。……市の字」

市十郎の書斎には、机の前の、市十郎以外に人は見えなかったが、どこかで、こう低い低い小声がしていた。

「とうとうばれたな。どうする気だい」

隅の戸棚の内側から、その戸の裏を、爪でコツコツ叩きながら、外へむかって囁くのである。

「おたがい、足もとの明るいうちに、逃げ出そうぜ。なあ市の字。世間はひろいよ。しかも、こんな狭ッこくて面白くもねえ世間とはちがう。おれも、二十日はここに辛抱してと思ったが、おめえの尻が割れて来ちゃあ、いたくもいられなくなった。……お袖の身になってみれやあ、こう出てきたのもむりはねえ」