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まつのやろはち

松のや露八

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《松のや露八(まつのやろはち)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 頁

青空文庫

「おや、土肥が見えん。土肥は、どこへ行ったのか」

虚勢を抜いて、彼らが、気のついたころには、土肥庄次郎は、その肥えた体を、鈍々と足早にすすめて、健吉とよぶ侍の後を追っていた。

森氏稲荷の裏をとおって、空地をななめに、出雲橋のてまえ、そこで、追いついた。庄次郎は、取りたての免許皆伝、十分な自信があったし、いちどは実際に、生刀で自分を試してみたい気もあったし、彼の性格がまた、傲慢な侍の態度に、ひどく、真っ正直に、憤りを感じていた。

「待てッ。一ツ橋にも武士がいるぞッ」

後ろから、抜きうちに、気当、柄音、動作、一瞬に跳びかかって、斬りさげた。――斬れた、と思ったのであった。だが、庄次郎自身、

「痛いッ」

と、さけんで、潰れ屋敷の跡らしい雑草と古瓦の上へ、背を、いやというほどぶつけて、投げられていた。

手から、抛り落とした刀を、相手の侍が、拾っていた。そして、

「なるほど、一ツ橋にも、武士がいるな。さ、持ちなおして、もいちど来い。榊原健吉が、すじを、目鑑してやろう」

「…………」

「どうした。それ」

足もとへ、飛んできた刀を拾うと、土肥庄次郎は、後も見ずに、逃げだしてしまった。