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わすれえぬひとびと
武蔵野
国木田 独歩
線上閱讀国木田 独歩《武蔵野(わすれえぬひとびと)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 94,018 字 · 192 頁
――手荒く窓を開きぬ。地平線上は灰色の雲重なりて夕闇をこめたり。そよ吹く風に霧雨舞い込みてわが面を払えば何となく秋の心地せらる、ただ萌え出ずる青葉のみは季節を欺き得ず、げに夏の初め、この年の春はこの長雨にて永久に逝きたり。宮本二郎は言うまでもなく、貴嬢もわれもこの悲しき、あさましき春の永久にゆきてまたかえり来たらぬを願うぞうたてき。
わが心は鉛のごとく重く、暮れゆく空の雲をながめ入りてしばしは夢心地せり。われには少しもこの夜の送別会に加わらん心あらず、深き事情も知らでただ壮なる言葉放ち酒飲みかわして、宮本君がこの行を送ると叫ぶも何かせん。
げに春ちょう春は永久に逝きぬ。宮本二郎は永久を契りし貴嬢千葉富子に負かれ、われは十年の友宮本二郎と海陸、幾久しく別れてまたいつあうべきやを知らず、かくてこの二人が楽しき春は永久にゆきたり。わが心は鉛のごとく重く、暮れゆく空は墓のごとし。
この階下の大時計六時を湿やかに打ち、泥を噛む轍の音重々しく聞こえつ、車来たりぬ、起つともなく起ち、外套を肩に掛けて階下に下り、物をも言わで車上に身を投げたり。運び行かるる先は五番町なる青年倶楽部なり。