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しほんたいへいき
私本太平記(一)
吉川 英治
線上閱讀吉川 英治《私本太平記(一)(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 246,214 字 · 495 頁
あれは元応二年の春。
皇后の実家方、西園寺ノ入道実兼の北野の別荘に、桜狩の行幸があった日のことだった。
后のお姉ぎみの永福門院やら、大納言為世の女為子ノ君、西華門院、また、みかどの随身、大臣たち、眼もくらむばかりな美しい人群れなのに、花吹雪さえ立ちめぐって、さまざまな御遊興もはや尽きての果て。
みかどから「俊基、琵琶せよ」との御諚に、他の人々も「それなん聞きもの。そのうえ小右京ノ君に、琴を合奏させなば、なお、おもしろからんに」と、言い囃した。
二人の恋を知っていた人々の意地悪だった。
琵琶と琴の合奏せはむずかしい。――が、御諚なればと、二人は懸命に、そのとき“熊野”の一ト節を弾でて歌った。神妙によう出来たりと、みかどのお賞めことばが、やがて、お許しのようなものになって、翌年、ふたりは家庭を持ったのだった。
「小右京。……あの折の“熊野”をまだ覚えているか」
「どうして、忘れえましょうぞ」
……やがて。
生命のかぎりを啼きすだく虫の秋を、ここにもまた、生命のまたたきを灯に惜しむ、ふたりの熊野の曲が、野水の喘くように、墻の外まで聞えていた。
すると、そこの灯を、忍び足に、外から覗いて、ほどなくまた、桂川の方へ立ち去って行った武者どもの黒い影があった。