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しほんたいへいき
私本太平記(一)
吉川 英治
線上閱讀吉川 英治《私本太平記(一)(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 246,214 字 · 495 頁
そしていきなり白い顎や泣いている黛へ、強い頬ずりを降るような烈しさで与えた。
「悪かった。もう、そなたを疑うまい。すぐ三河路へ逃げて行け。不知哉丸の養われている田舎へ行って身を潜めろ。さ、捕われぬうちこそだぞ。早う行け」
しかし、藤夜叉の体は、離れもしない。潮のような咽びを上げ、夢中で何かさけんでいる。
とどろく跫音を後ろに聞き、高氏は彼女の体を、大庭の闇へつき落した。そして、もとの広間へもどりかけたが、そこに高時と近習たちとの旋風を見たので、あわてて舞台屏風の蔭に潜み、やがてまた、楽屋うちへ身を這わせて、声もなく楽屋におののいていた者たちと共に、息をこらしていた。
どっと、一颯の魔の風が吹き落ちて来たか、にも似ている。
宴の灯はことごとく消え、華雲殿の内は、右往左往の影ばかりだった。
末席にいた諸職の工匠や絵師などの輩は、いつ早く、どこかへ失せたことであろう。が、近習その他は逃げもならず、暴れ狂う主君を取りしずめるのに、なだれを打っているものらしい。
何しろ、高時の手には、薙刀があった。
過失か、敢てか。薙刀の刃は、すでに人の血で濡れている。手がつけられない。