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しほんたいへいき
私本太平記(三)
吉川 英治
線上閱讀吉川 英治《私本太平記(三)(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 222,108 字 · 446 頁
「いやあの折も、二度と故郷へは立ち寄るなといってある。武門の兄などあると思わず、良人のこころざしを扶け、ただ倖せに世を送れと」
「でも、せっかくおいでなされたものを、あなたさまにも似ぬ無慈悲な仰せ。傷ましゅうて、久子にはお取次ぎができませぬ」
「無慈悲――。そちにさえ、そう聞えるか。……そうだのう」思い直したふうで。「むごいと思い違えたら、いとどあわれな者をいたずらにまた悲しませよう。久子、内へは上げることはならぬが、庭の亭へでも廻しておけ。わしは後から行く」
「ありがとうございまする」
久子は多聞丸をつれていそいそ去った。じつはもう、その卯木は、自分の部屋へ通して、何かと、いたわっておいたのであるが、それとはいわずに退がったのだ。もちろん、卯木へも深いことは告げない。
しかし、卯木にすれば、ほぼ兄のむずかしさも察しられている。だから、ひとたび脱いだ女草鞋をはき直して、杖や被衣を手に、厩の横から庭門をまわり、そして人気もない亭へ身を運んで行ったにしろ、
「冷たい兄の仕打ち」
とは思われなかった。
さらに、やがて正成に会ってみれば、忘れもえぬ去年のあらしの夜に会ったあの時の兄と、少しも変らぬ兄だった。