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なるとひちょう

鳴門秘帖(一)

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《鳴門秘帖(一)(なるとひちょう)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 262,100 字 · 523 頁

青空文庫

「…………」

「知らねえのか」

「知っています」

「知っているなら頼まれてくんねえ。よ、後生だから」

何の気なしに、釣り込まれて、銀五郎の片足が、庭下駄へ下りていった途端である。

柄を握りしめて、根よく、力を撓めぬいていた九鬼弥助。

「ええいッ!」

横薙に一刀を払った。

床下からではあるが、十分、居合の肱が延びて行ったので、鞘を脱した皎刀は、刃を横にして銀五郎の片足――浴衣の上から返り血の飛ぶほどな傷手を与えた。

不意を打たれた銀五郎は、

「あッ――」といって、片足を引く気が、傷手に堪らず、体ぐるみ、どうッと、雨の降りそそいでいる庭先の闇へ転げ落ちる。

が、弥助の太刀が、肉へ斬り込まれてくる前に触れた浴衣の裾は、時にとって、大きな障害物となっていた。傷は骨まで届いていない。

「ちッ……畜生ッ」

よろよろと立ち上がった。

「ちッ……ちッ……」と深股の傷を押さえながら一心に、脇差をとりに行こうとするらしいが、何せよ深傷だ。一、二歩よろめいたかと思うと、ふたたび、どうと仆れ、浴衣の影は、雨と血と泥にまみれて、雨に白く、無残なもがきが見えるばかり……。

「む……」

九鬼弥助は、したり顔をして、要心深く床下の土にヘバリつきながら、片手に抜刀をつかんだまま、もういっそう、奥の方へ、ジリジリと身を退いて、その様子を見届けていた。