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なるとひちょう
鳴門秘帖(一)
吉川 英治
線上閱讀吉川 英治《鳴門秘帖(一)(なるとひちょう)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 262,100 字 · 523 頁
「いや、あの人たちに毛頭疑うところはねえが、明神の裏崖で逢った侍が腑に落ちねえ。ことによると、銀五郎へ目星をつけて、早くも蜂須賀家の奴らが立ち廻っているかも知れませんぜ」
その言葉も終らぬうちに、いよいよはっきりした多市の声が、物狂わしくまた聞こえた。
「親分がいねえ。親分ッ……」
「どうした!」
帯を締めなおして、二人がバラバラと元の部屋へ駈けだしてみると、縁先から畳まで、吹ッこむ雨にビッショリ濡れ、今にも消えなんとする灯影に照らされた多市の姿が、障子に縋っておろおろしていた。
「親分が……親分が見えません」
「銀五郎が見えぬと?」一八郎は声を弾ませた。
「たッた今、ここで」
「おう、戸を閉める音がしておったが」
「と思うといつの間にか、姿が見えなくなったんです」
「やっ」外を覗いていた万吉が、仰天して、飛沫の庭へ、行燈の光を向けた。
見ると、雨の中に、何やら白いものが倒れていた。銀五郎の浴衣である、傷口から血の流るるに任せたため、あたりを血の池のように染めて悶絶してしまったらしい。
「あっ……」というと、多市の顔はまるで死人だ。万吉と一八郎とは、意外な変を見ると同時に、なんのためらいもなく、ザッとかかる雨をうけて、庭先へとび降りた。