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なるとひちょう
鳴門秘帖(一)
吉川 英治
線上閱讀吉川 英治《鳴門秘帖(一)(なるとひちょう)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 262,100 字 · 523 頁
それはお十夜孫兵衛だった。
この間は、周馬のためにさえぎられたが、今夜は、念入りに忍びこんで来たものとみえる。
「お綱!」
と呼ぼうとしたが、孫兵衛は、この美しい寝顔をさましてしまうのは惜しいと思った。
関の山の月見草の崖に、うっとりと寝転んでいた時のお綱も凄艶にみえたが、緋の友禅に寝顔をつけて、埋火のほてりに上気している今のお綱は、お十夜の眼を眩惑するにありあまる濃艶さである。
孫兵衛は、静かに坐って、蒲団の中へ手を入れる。
そして、お綱の髪の香をかぐように、炬燵の縁へ顎をのせた。
炬燵に蒸れる伽羅油の匂いに、孫兵衛、もう恍惚となって、
「どんなことがあろうとも、おそらく、俺には、この女だけは殺し得まい……」
十夜頭巾にくるんだ顔を、炬燵にのせ、こんなことを思うらしい。
そして、頬へ冷たく触ってきたお綱の髷のほつれ毛を、一筋、自分の唇にくわえながら、目は、ほれぼれと、寝伸びた女の襟あしに燃えついていた。
と、お綱は。
うたた寝の耳へ、人の呼吸が冷たくふれてきたのに、
「おや」
パチリと、棗形に眼を見ひらいた。
それのみか、炬燵の中の自分の手に、誰かの大きな掌が重なっていたのに驚いて、思わず蒲団から飛び離れた。