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わすれえぬひとびと
武蔵野
国木田 独歩
線上閱讀国木田 独歩《武蔵野(わすれえぬひとびと)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 94,018 字 · 192 頁
』
『今すぐ入れてやりますよ。』
勝手の方で下婢とお婆さんと顔を見合わしてくすくすと笑った。店の方で大きなあくびの声がした。
『自分が眠いのだよ。』
五十を五つ六つ越えたらしい小さな老母が煤ぶった被中炉に火を入れながらつぶやいた。
店の障子が風に吹かれてがたがたすると思うとパラパラと雨を吹きつける音が微かにした。
『もう店の戸を引き寄せて置きな、』と主人は怒鳴って、舌打ちをして、
『また降って来やあがった。』
と独言のようにつぶやいた。なるほど風が大分強くなって雨さえ降りだしたようである。
春先とはいえ、寒い寒い霙まじりの風が広い武蔵野を荒れに荒れて終夜、真っ闇な溝口の町の上をほえ狂った。
七番の座敷では十二時過ぎてもまだランプが耿々と輝いている。亀屋で起きている者といえばこの座敷の真ん中で、差し向かいで話している二人の客ばかりである。戸外は風雨の声いかにもすさまじく、雨戸が絶えず鳴っていた。
『この模様では明日のお立ちは無理ですぜ。』
と一人が相手の顔を見て言った。これは六番の客である。
『何、別に用事はないのだから明日一日くらいここで暮らしてもいいんです。』