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しほんたいへいき

私本太平記(五)

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《私本太平記(五)(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 252,330 字 · 505 頁

青空文庫

誰にも見つかる谷の洞ではございませぬ。けれど、以後は明けてもくれても、兄君へ申しわけないとばかりに」

「まだわかっていないのか。……わが子の千寿王は、もうついそこの陣へ、父に代って来ておるのに」

「いえ、まずはごらん下さい。おそらくは今明中がお別れかと、さいごのお文を、これへお申しつけでございますれば」

守時は受け取って、星あかりにかざして読んだ。そして返書代りにと、静かに言った。

「生き抜くお覚悟との文を拝見して、守時も満足。これで思いのこすことはない。さように守時が申していたと、妹の登子へ、いや、足利御台所へようおつたえ申してくれい。くれぐれ、世に長くお倖せにと」

紀ノ小冠者が、そこを駈け去ってから、時間としていくらでもない。

殺到した新田勢は、

「あれだ。赤橋の崩れ本陣は」

「西道を取れ」

「そこの崖をのぼれ」

と、昼からの勝ちに乗じて、肉薄してきた。

丘一帯は、松の暗がりは、たちどころに鳴動しだした。相打つ怒濤の吠えと、白い穂先やつるぎの飛沫に。――それも時たつほど、獣林の揺れに似ていた。

侍大将の南条高直は、

「や。あのお声は」

と、乱刃のなかを退いて、ひと息入れ、またすぐ、自分を呼ぶ声をあてに駈けだした。