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なるとひちょう

鳴門秘帖(一)

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《鳴門秘帖(一)(なるとひちょう)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 262,100 字 · 523 頁

青空文庫

ええ、口惜しい!

お綱は、唇をかみしめ、匕首の切ッ尖をブルブルさせた。けれど、ともすると、孫兵衛の体が、それを潜ってきそうになるので、一足退き、二足さがり、いよいよ袋廊下の壁ぎわまで攻めつけられてしまった。

「もうだめだ!」

心の奥で叫びをあげた。と一緒に、彼女の心は意気地なく萎えかけたが、ふとみると、お十夜は、何か物の怪にでも逢ったように、一、二間ほど前で、急にじっとなったまま、寄りついてこなくなった。

なぜ! というに。

お綱のうしろから、もの凄い顔をした、黒頭巾の男が、ぬッと、彼に見えたから――

「あっ……」

お十夜の情血がいっぺんに冷たくなった。残ったのは兇暴な殺気だけだ。彼は、女のうしろから、ヌッと覗いた男を、そも、誰かと、五体を硬ばらしている……。

お綱には、うしろをかえりみる余裕がなかった。

よもや、自分のうしろから、そんな男が見えたために、対手が二の足をふんだとは知らない。ただ一念に、匕首を逆手にかまえ、最後の心支度をして待った。

刻……一刻、穴のような闇に、二人の、息づかいだけが数えられる。

そのうちに、お十夜が、

「おウ……」とかすかな唸きをもらした。