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しほんたいへいき
私本太平記(三)
吉川 英治
Read 私本太平記(三) (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 222,108 characters · 446 screens
「…………」
帝は、思わずお眼をこらした風である。
南北の両探題から諸大将らのほか、公卿もたくさん来ていたからである。亡き父皇後宇多の世頃、その故院に仕えていた古公卿もあり、はや新朝廷の内で時めかしている者もあった。――なつかしい顔、憎い顔、いちいちは拾いもえない。
が、その中にいた西園寺中納言公重や公宗を知ると、帝は後ろの妃たちへ、
「あれ見い、公重や公宗らも見えておるわ。これでは、今日も何やら、北山の花見にでも行くような心地よな」
と、微苦笑された。
それで妃の廉子や小宰相や、権大納言ノ局たちも、思い出したことだった。ちょうど去年の今日である。三月七日。
――西園寺家の別荘、北山ノ亭に、花の行幸があった。
皇后の禧子をはじめ、後宮の妃から宮々の姫ぎみも供奉し、公卿大臣といえば、この日のお供に洩れるなどは、千載の恥かのように思って、終日の花の宴に、あらゆる余興や媚びの百態を、御前にきそッたものである。
管絃、万歳楽、陵王の舞まで出つくして、花の梢の夕月に、歓楽の疲れも淡く暮れるかと見えたころ、突如、後醍醐は引き直衣のおすがたを椅子にかけ、横笛を取って、一曲吹いた……、そして、笛も裂けるほどな御興のあげく、呵々と大笑して、おえられたが、どうしたことか、龍顔の酔も青白う醒めはてており、頬にはおん涙が見られた