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しほんたいへいき
私本太平記(三)
吉川 英治
Read 私本太平記(三) (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 222,108 characters · 446 screens
笠置の山
――俄に南へいそいだ御車には、万里小路藤房、季房、源中納言北畠具行、六条ノ少将千種忠顕、按察ノ大納言公敏たちの諸公卿、ほか随身をいれても、わずか二十名前後。
ここにまた、帝の一ノ宮尊良親王(宗良の兄)は、その夜のことを、ほかにいて聞き知られるやいな、馬に乗って、単身お父君のあとを、奈良街道の方へ追っかけて行かれた。
笠置の山
ゆらい後醍醐には、ご壮年からもう、大きな御子が多かった。生涯を通じては、三十人をこえる皇子や内親王もあったのである。
一ノ皇子、中務ノ宮尊良は、みかどがまだ皇太子時代の寵姫、冷泉為子のお腹であるが、そのおん母為子は、後醍醐の即位も見ずに亡くなっている。――いわば、親なる者は、父のみかどしか知らぬ宮なのだ。――だからその父君の蒙塵を追って、馬を飛ばして行った気もちには、泣く子のような慕情が先立っていたといっても大過あるまい。
「おううい。おういっ」
宮は、やがて行く手の闇に、松明を持たぬ牛車と一ト群れの影が、恐怖に吹かれつつ、急ぐのを見て、
「中務です。一ノ宮ですっ。待たれよ。供奉の人々」
と、遠くから言った。追手とまちがえて、彼らの狼狽が、みかどを逸まらせ奉りなどしては――と、思ったからである。