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しほんたいへいき
私本太平記(三)
吉川 英治
Read 私本太平記(三) (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 222,108 characters · 446 screens
夢告抄
「さあ、早よう来い」
尊良は、手をひいたが、足を痛めている宗良の様子に、
「歩けぬか。いやむりもない。武者も喘ぐ急坂だ。遠慮すな」
と弟の腰を押してやりつつ登って行った。そして一ノ木戸仁王門から、二ノ木戸の塀、下ノ堂の櫓や矢間などの俄な砦工事を指さしながら、
「あの工匠らも、土をかついでいる者どもも、みな笠置寺の僧兵ぞ。その僧兵四百人も、心を一つに、あれあのような懸命さで、夜も日もない」
と、それも弟を励ますためのように、いちいち足を止めては、説明して行くのだった。
行宮はなお上にあった。その行宮の南面の廊の角に一竿たかく、錦の旗が、大和、山城、河内の山野を望みつつ、へんぽんと山風を呼んでいる。
いやこの旗は、全土の国々からの、こたえを待つものといっていい。久しき前には、日野俊基や、資朝から、密々に。――つい、さきごろは北畠具行から諸州へ発した密勅の檄もある。
が、その応えよりより早く、すでに六波羅勢の先鋒、また鎌倉の大軍が、近くにまで到れりと、この日もここ笠置の行宮には、早馬の報が頻々だったのだ。
夢告抄
大自然は、そ知らぬ顔だ。
秋深む移りのほかは、雲の行きかい、山の姿、きのうも今日も、変りはない。