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しほんたいへいき

私本太平記(三)

吉川 英治

Read 私本太平記(三) (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 222,108 characters · 446 screens

Aozora Bunko

私本太平記

罪の暦

罪の暦

先帝後醍醐の隠岐遠流。

二皇子の四国流し。

その日は近かった。あと二日ほどでしかない。洛中は車馬のうごきにも緊迫した時局が見えて、不気味な流言もまま飛んでいた。

「楠木はまだ生きている!」

「正成はまだ死んではいない」

「赤坂落城のさい死んだとみせ、じつは大塔ノ宮と共にどこかで指揮をとっている」

時も時ではあり、熱病の熱が再発したように、この流説はぱっと拡がり、かつ一般に信じられていた。

六波羅のうけた衝撃は小さいものでない。

もし事実なら、洛中の諸大将などもまた、鎌倉表へたいして、面目もないわけだ。

彼らは赤坂落城と同時に「正成も火中に死したり」と公報して、いい気な“凱旋酒”に酔っていたものである。だから口々に、

「流言にすぎぬ」と、打消し、

「流言が作り出す亡霊だ、大塔ノ宮はともあれ、正成が生存しているはずはない」

と表面、平然を装うていたが、しかし動揺のいろ蔽いえないものがあった。

それの証拠には、在京諸軍をあげて、洛外七道の街道口その他に非常の布陣が行われ出した。いうまでもなく、幻の敵にたいする先帝奪回の封じ手だった。――高氏の一勢などもまた、羅刹谷を出て、大和口の三ノ橋に、こよいも篝火をさかんにし、非常の警備についていた。