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しほんたいへいき
私本太平記(三)
吉川 英治
Read 私本太平記(三) (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 222,108 characters · 446 screens
ので、「……どうかなされましたか」と、み后たちが、いたわり寄ると「なんでもない、なんでもない……」と仰っしゃったまま、桟敷の床に巨きなお体を横たえてしまわれた。そして宵すぎるまで花の下のお眠りからうごかなかった。
――そんなことも、つい去年の春なのである。
何と迅い移ろいか。
人の変り方か。
「公宗、公重」
「はっ」
「今日は見送りに来てくれたか。して、どこまで参るな」
「鳥羽まで、おん供つかまつりまする」
「そうか」
後醍醐は、はや網代車の内へ、お体の半ばを入れかけていたのだが、そこから、もいちど西園寺公宗、公重を振り向いて、
「どうだ、お汝ら」
「はあ」
「いっそ、隠岐まで供せぬか。めったには見られぬ大波の吠えや、絶海の島のさまざまが見られようぞ」
きびしいお戯れと、みなおぞ気をふるッた。西園寺家は人も知る持明院方(新朝廷)であり、幕府と昵懇な家すじである。公宗、公重らは声もなくおののいていたが、御車の内では、独りからからと笑うらしいお声がしていた。
花埃りだ。ひどい黄塵だ。しかし花見の喧騒ではない。
「増鏡」のいう、
――かくてしも
世に珍らしき見物なり
それを見損なッてはと、押し出して来た人出である。