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さんごくし
三国志
吉川 英治
Read 三国志 (さんごくし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 161,356 characters · 323 screens
三
正室の甘夫人が、男児を産んだのである。
お産の暁方には、一羽の鶴が、県衙の屋根にきて、四十余声啼いて西へ翔け去ったという。
また、妊娠中に夫人が、北斗星を呑んだ夢を見たというので、幼名を「阿斗」とつけ、すなわち劉禅阿斗と称した。
時は、建安十二年の春だった。
ちょうどその前後、曹操の遠征は、冀州から遼西にまで及んで、許昌の府は、ほとんど手薄とうかがわれたので、玄徳は再三再四、劉表に向って、
「今こそ、志を天下に成す時ですが」と、すすめたが、劉表の答えはきまってこうであった。
「いや自分は、荊州九郡を保ってさえいれば、家は富み国は栄えるばかりだ。この上に何を望もう」
玄徳は失望した。
むしろこの人は、天下の計よりも、内心の一私事にわずらっているのではないか。
かつて、劉表から打明けられた家庭上の問題を、玄徳は思い出してみた。
劉表には二子があった。
劉は、前の妻陳夫人の腹であり、次男劉は、蔡夫人の産した子である。
長男のは、賢才の質だが柔弱だった。そこで次男のを立てようとしたが、長子を廃するのは国乱の始めなりと、俄然、紛論が起って、沙汰止みとされ、やむなく礼にしたがって、次男を除こうとしたところ、蔡夫人、蔡瑁などの勢力が隠然とものをいって、背後から彼を苦しめ惑わすのであった。