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なんごくたいへいき

南国太平記

直木 三十五

Read 南国太平記 (なんごくたいへいき) by 直木 三十五 (なおきさんじゅうご) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 493,291 characters · 991 screens

Aozora Bunko

「あいつの印籠は?」

「朝飯前、一両ただ貰いですかな」

庄吉は、微笑して腰を上げた。

出て行こうとする庄吉へ、一人が

「へまやると、これだぞ」

と、首頸を叩いた。庄吉が、振向いて、自分の腕を叩いた。

若い侍は、仙波八郎太の倅、小太郎で、読んでいる書物は、斉彬から借りた、小関三英訳の「那波烈翁伝」であった。

父の八郎太が、裁許掛見習として、斉彬の近くへ出るのと、斉彬の若者好きとからで、小太郎は無役の、御目見得以下ではあったが、時々、斉彬に、拝謁することができた。

斉彬は、時々、そうした若者を集めては、天下の形勢、万国の事情を説いて、新知識の本を貸し与えた。「那波烈翁伝」は、こうした一冊であった。

近頃、流行りかけてきた長い目の刀を差して、木綿の紺袴に、絣を着た小太郎を見て、庄吉は

(掏り栄えのしない)

と、思った。庄吉の狙った印籠は、小太郎の腰に、軽く揺れていたが、黒塗で、蒔絵一つさえない安物であった。

(仲間の奴が見たなら、笑うだろう)

と、そうした安物を掏る自分へ、嘲ってみた。

(然し、一両になりゃあ――)

庄吉の冴えた腕は、掏ろうとする品物を生物にした。