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しほんたいへいき
私本太平記(三)
吉川 英治
Read 私本太平記(三) (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 222,108 characters · 446 screens
女は死ぬ日まで、嫁いだ家でその柿と共に生きつづけ働きつづけて終るものと、南河内では女を宿命づけている。
「さあ、よいか」
正成は、円座を立った。
「久子、先へ出ろ」
子や妻を、うながしてから、やがて彼も、大勢の一族郎党と共に、門の外へ出揃った。「……出たらすぐ火を放けよ」と、たれかに命じおいたものとみえる。たちまち、黒けむりがすぐ後ろの廂から捲きあがっていた。
「左近、左近」
正成は、爺を呼んでせきたてた。
「爺、そちと南江正忠は、女子供を守って、千早村へ従いて行け。山中の多聞寺をしばしの隠れ家として時節を待つのだ。――なに、なにを不平面するぞ。後ろの安心も戦の大事。はよう立て」
ことばには馴れる。覚悟の必死のと言いあってみても、すぐ観念化されやすい。
正成が“砦入り”のその日に、祖先いらいの館を、まず真ッさきに焼き払って出たのは、ことばだけでない覚悟のほどを、みなの眼に見せたものだった。
「これからの毎日は、おまえ方の想像を超えよう。毎日が殺されるか人を殺して自分が一日生きのびるかだ。生やさしい世ではない。もう今日からは三界に家などもないわれらと思え」
門外に出て並んでいた一族や妻子は、住み馴れたわが家の炎を前に、また正成の言に、みな水を浴びたようなきびしさに打たれた。