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しほんたいへいき
私本太平記(三)
吉川 英治
Read 私本太平記(三) (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 222,108 characters · 446 screens
「酒ばかりか、米も塩も着る物もだ。いやはや、らちゃくちゃない世の中」
「だが、戦はこれでお仕舞いでしょうね」
「いや、業の車の廻る音が、地獄に聞え始めたばかりだ。廻り出すと、それを廻し始めた下手人でも、止まらないのが業の車さ。これからだろうよ人間が泣きをみるのは」
「おどかしちゃいやですよ」
「ま、お互い達者に機げんよく凌ぐことさ。一日でも正味のとこを、人間いかに生くべきや、よく噛みしめて暮らすんだな」
「お待ちどおさま」
亭主は酒とつまみ物を彼の前にならべた。そして、兼好の提げて来た徳利にも酒をつめて、そのほうは明朝お住居へ小僧に持たせましょう、と言った。
「あ、そうしておくれ。そしてな、ご亭主。ここへ蝋燭をかしてくれないか」
兼好はふところの飛脚手紙を取り出した。
封は卯木と元成の夫婦名前になっているが、筆つきからみて、良人の元成がしたためたものらしい。
手紙のうちには。
まず初瀬いらいの不沙汰のわびやら、その折に誓ったことなど繰返したすえに、
――この秋、ぜひなく伊賀の養家の跡目を嗣がねばならぬことになり、心ならずも、いぜんの武士に立ち返っておりますものの、初瀬でのおことばなど、卯木ともかたりおうて、念々、忘れたことはありませぬ。